【第8回】経営課題が多すぎる会社ほど、何も変わらない

「今年の経営課題は何ですか?」

そう尋ねると、経営者から次々と答えが返ってくることがあります。

「まず売上を伸ばさないといけません」

「採用も課題ですね」

「若手も育てないといけない」

「原価も上がっているので、利益率も改善したい」

「DXも遅れています」

「AIもそろそろ使わないといけないと思っています」

「新規事業も考えたいですね」

話を聞いていると、どれも間違っていません。

むしろ、会社のことを真剣に考えている経営者ほど、たくさんの課題が見えています。

ところが私は、こういう会社に出会うと少し気になることがあります。

これだけ多くの課題がある中で、

「では、今、一番最初に何をするのですか」

と尋ねると、答えが止まることがあるからです。

課題はたくさん分かっている。

やらなければならないことも分かっている。

それなのに、今日何をするかは決まっていない。

経営では、そんな不思議なことが起こります。

目次

課題が多いことは、悪いことではない

最初に確認しておきたいことがあります。

経営課題が多いこと自体が悪いわけではありません。

会社を経営していれば、課題はいくらでも出てきます。

売上。

利益。

資金繰り。

採用。

人材育成。

設備投資。

DX。

事業承継。

新規事業。

取引先との関係。

経営者は、これらを同時に見なければなりません。

特に中小企業では、社長自身が営業責任者でもあり、人事責任者でもあり、財務責任者でもあるということが珍しくありません。

だから、頭の中がいっぱいになるのは当然です。

問題は、課題が多いことではありません。

課題が多いまま、すべてを同じ重要度で抱えてしまうことです。

人間が一度に考え、判断し、実行できる量には限界があります。

考えなければならないことが増えるほど、一つひとつに使える思考の量は減っていきます。

そして、あるところを超えると、

「どれから手をつければいいのか分からない」

という状態になります。

行動科学では、こうした状態を「認知的過負荷」と捉えることができます。

簡単に言えば、

頭の中の処理能力を超えてしまっている状態

です。

10個の重要課題は、本当に「重要」なのか

ある会社で、年度初めに「今年の重点課題」を見せてもらったことがあります。

そこには10項目ほど並んでいました。

売上拡大。

粗利率改善。

新規顧客開拓。

既存顧客深耕。

人材採用。

若手育成。

業務効率化。

DX推進。

新商品開発。

社内コミュニケーション強化。

どれも大切です。

社長は真剣に考えて作っています。

しかし、私は少し意地の悪い質問をしました。

「この中で、一つしかできないとしたら、どれを選びますか」

社長は困った顔をしました。

「いや、全部大事なんですよ」

その通りです。

全部大事なのです。

しかし、

全部大事であることと、全部を同時にやることは別です。

むしろ「全部大事だから全部やる」と決めた結果、どれも中途半端になることがあります。

これは経営に限った話ではありません。

一日の仕事でも、20個のタスクを並べてすべてを少しずつ進めるより、最も重要な一つを終わらせた方が成果につながることがあります。

会社も同じです。

経営資源が限られている以上、何かを選べば、何かを後回しにしなければなりません。

つまり、経営とは、

「何をやるか」を決める仕事であると同時に、「今は何をやらないか」を決める仕事

でもあります。

「課題を挙げること」と「経営すること」は違う

経営者と話をしていると、課題を非常によく理解している方がいます。

自社の問題点を聞けば、次々と答えが出てくる。

業界の将来についても詳しい。

競合企業の動きも知っている。

AIやDXなど、新しいテーマも勉強している。

それでも、会社がなかなか変わらないことがあります。

なぜでしょうか。

私は、

課題を認識すること自体が、一種の安心感を生むことがある

からではないかと思っています。

「うちの問題は分かっている」

「課題は整理できている」

「やるべきことは見えている」

ここまで来ると、何となく経営しているような感覚になります。

しかし、第2回で書いた通り、「分かっている」と「やっている」は違います。

課題を10個挙げることと、そのうち一つを実際に変えることも違います。

むしろ課題をたくさん並べることで、

「一つを選ぶ」という難しい意思決定を避けることができてしまう

場合があります。

一つを選べば、他を後回しにする責任が生まれます。

「採用より値上げを先にする」

「新規事業より既存事業の収益改善を優先する」

「DXより、まず在庫を減らす」

こう決めるには勇気が要ります。

だから、「全部重要です」としておいた方が心理的には楽なのです。

しかし、それでは会社の力は分散します。

「営業強化」は、何をすることなのか

もう一つ、経営課題を考えるときに注意したいことがあります。

それは、言葉の抽象度です。

経営計画を見ると、よくこんな言葉が並んでいます。

「営業力を強化する」

「生産性を向上する」

「顧客満足度を高める」

「人材育成を進める」

「DXを推進する」

「組織力を強化する」

どれも立派な言葉です。

反対する人もほとんどいないでしょう。

しかし、一つ問題があります。

これらは、そのままでは行動できないのです。

たとえば、

「営業力を強化してください」

と言われた営業部長は、明日の朝、何をすればよいのでしょうか。

営業会議を増やすのか。

新規訪問件数を増やすのか。

休眠顧客に連絡するのか。

営業資料を作り直すのか。

若手社員に同行するのか。

価格体系を見直すのか。

「営業強化」という言葉の中には、あまりにも多くの行動が含まれています。

だから、一見具体的な方針に見えて、実際には何も決まっていません。

抽象的な言葉は、誰も反対しない

抽象的な経営方針には、一つ厄介な特徴があります。

誰も反対しないことです。

「顧客満足度を高めよう」

と言われて、

「いや、下げた方がいい」

という人はいません。

「生産性を上げよう」

にも反対しにくい。

「社員を成長させよう」

も同じです。

つまり、抽象的な言葉は組織の合意を取りやすい。

しかし、具体的な行動にした瞬間、意見が分かれます。

「毎週水曜日に新規顧客へ10件電話する」

となれば、

「そんな時間はない」

という人が出てきます。

「利益率10%未満の商品は、原則として価格を見直す」

となれば、

「この顧客だけは例外にしてほしい」

という話が出てきます。

「毎週の定例会議を一つ廃止する」

となれば、

「その会議は必要だ」

という人が現れます。

ここからが、本当の経営です。

抽象論では誰も傷つきません。

しかし、行動を具体化すると、時間やお金の配分が変わり、誰かの仕事も変わります。

だから難しい。

裏を返せば、

具体的にしたときに初めて、会社は動き始める

とも言えます。

「全部やる」から「今月はこれをやる」へ

では、経営課題が多い会社はどうすればよいのでしょうか。

すべての課題を捨てる必要はありません。

重要なのは、時間軸を分けることだと思います。

長期的には、人材育成も必要。

DXも必要。

新規事業も必要。

しかし、

「今月、最も重要なものは何か」

まで絞る。

たとえば、

「今月は粗利率改善に集中する」

と決める。

すると、経営会議で見る数字も変わります。

商品別の粗利率を見る。

値上げ余地を確認する。

仕入条件を見直す。

不採算商品を洗い出す。

経営者も社員も、見る方向が揃います。

そして一カ月後、一定の成果が出たら、次のテーマへ移る。

経営課題を減らすのではありません。

同時に取り組む課題を減らすのです。

この違いは大きいと思います。

一つに絞ると、数字も使いやすくなる

財務の観点から見ても、課題を絞ることには意味があります。

KPIを20個設定すると、毎月20個の数字を見ることになります。

上がった数字もある。

下がった数字もある。

良いのか悪いのか、分からなくなる。

しかし、

「今月は粗利率を改善する」

と決めれば、見る数字は絞れます。

粗利率。

商品別採算。

顧客別採算。

仕入単価。

値上げ実施率。

必要な数字が明確になります。

数字とは、たくさん集めればよいものではありません。

「何を変えたいのか」が決まって初めて、見るべき数字も決まります。

第4回で、「精緻な経営資料が会社を動かさなくなることがある」と書きました。

その理由の一つも、ここにあります。

数字が多すぎると、経営者は「何を見るか」だけで疲れてしまう。

だからこそ、

「今、何を変えるのか」

を先に決める。

そのために必要な数字だけを見る。

この順番が大切なのだと思います。

AI時代には、「選ぶ力」がさらに重要になる

この問題は、AIが普及するとさらに重要になると思っています。

AIに、

「当社の経営課題を挙げてください」

と尋ねれば、おそらく多くの課題を出してくれるでしょう。

売上構成の問題。

利益率の問題。

在庫の問題。

人材の問題。

顧客集中の問題。

業務効率の問題。

そして、それぞれについて改善策も提案してくれる。

情報は、ますます簡単に手に入るようになります。

しかし、人間が一日に使える時間は増えません。

経営者が同時に実行できることにも限界があります。

つまりAI時代には、

「何を知っているか」以上に、「何を捨て、何を選ぶか」

が重要になります。

AIが100個の改善案を出してくれたとしても、会社が実際に動けるのは、そのうちの一つか二つかもしれません。

だとすれば経営者の仕事は、100個の答えを集めることではありません。

100個の中から、「今やる一つ」を決めることです。

情報が増えるほど、選択する力の価値は高くなる。

私はそう考えています。

「やるべきことリスト」より、「やらないことリスト」

経営計画を作ると、どうしても「今年やること」が増えていきます。

それなら逆に、

「今はやらないこと」

も決めてみてはどうでしょうか。

新規事業は重要だが、今期上期はやらない。

採用は続けるが、新しい人事制度の導入は来期にする。

AIの活用は検討するが、まず一つの業務だけで試す。

新商品開発より、今期は既存商品の採算改善を優先する。

これは「諦める」ということではありません。

限られた経営資源を、最も重要な場所に集中させるということです。

中小企業には、大企業ほど人もお金もありません。

だからこそ、

全部やらないことは弱さではなく、戦略です。

何をやるかを決める。

同時に、何をやらないかも決める。

その二つが揃って、初めて「選んだ」と言えるのだと思います。

課題を「次の一つの行動」に変える

そして最後は、これまでの連載で繰り返してきた話につながります。

課題を一つに絞っただけでも、まだ足りません。

たとえば、

「今月は採用を最重要課題にする」

と決めた。

では、何をするのでしょうか。

「採用を強化する」

では、まだ抽象的です。

求人媒体を見直す。

採用ページを修正する。

社員紹介制度を作る。

応募者への返信時間を短くする。

経営者自身が候補者と面談する。

その中から、さらに一つ選ぶ。

「金曜日までに採用ページの冒頭文を書き直す」

ここまで来ると、行動になります。

つまり、

経営課題を列挙する。

↓

最も重要な課題を一つ選ぶ。

↓

抽象的な言葉を具体化する。

↓

次の一つの行動を決める。

この順番です。

私は、これを経営の「解像度を上げる作業」だと思っています。

経営者の仕事は、全部を抱えることではない

真面目な経営者ほど、

「あれもやらなければ」

「これも自分が考えなければ」

と、多くのものを抱えます。

責任感があるからこそです。

しかし、経営者がすべてを頭の中に抱えた結果、最も重要なことに手をつけられないのであれば、本末転倒です。

経営とは、すべての問題を同時に解決することではありません。

今、一番重要な問題を選び、会社の力をそこへ向けること。

そして、それが少し動いたら、次の問題へ進む。

その繰り返しなのだと思います。

経営課題が10個ある会社より、経営課題を10個知ったうえで、

「今は、これをやる」

と言える会社の方が強い。

私はそう思っています。

最後に、今回も一つ問いを置きます。

あなたの会社の経営課題を、思いつくまま書き出してみてください。

おそらく、いくつも出てくるでしょう。

そのうえで、こう問いかけてみてください。

「もし今月、一つしか改善できないとしたら、何を選ぶか」

一つ選んだら、さらに問いを続けます。

「そのために、今週やる具体的な一つの行動は何か」

そして最後に、

「その一つを実行するために、今は何をやらないか」

まで決めてみる。

経営を前に進めるのは、やることの多さではありません。

選んだ一つを、実際にやることです。

次回:【第9回】「うちのことは自分が一番分かっている」の落とし穴

会社を20年、30年と経営してきた社長には、膨大な経験があります。

顧客の顔を見れば、何を考えているか分かる。

工場を歩けば、今日は調子がいいか悪いか分かる。

社員の様子を見れば、何か問題が起きていることにも気づく。

こうした経営者の「勘」は、決して軽視できません。

実際、数字には表れないことを経験から見抜く経営者はたくさんいます。

しかし、その経験が豊富であればあるほど、

「自分は会社のことを分かっている」

という感覚も強くなります。

そして、ときにその感覚が、数字を見る必要性を遠ざけてしまうことがあります。

次回は、「経営者の経験」と「数字」のどちらが正しいのか、という話ではありません。

むしろ、

経験豊富な経営者ほど、なぜ数字を持つことでさらに強くなれるのか。

「うちのことは自分が一番分かっている」という言葉の奥にある、人間の心理と経営判断について考えてみたいと思います。

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この記事を書いた人

co founder / Chief Financial Officer
Financial Strategist
公認会計士・経営学修士(MBA)

財務戦略の立案・実行支援が専門。大手監査法人にて会計監査を経験した後、財務コンサルティングファームにて企業再生支援・M&Aサポート・IPOサポートなどのトランザクションサービスに携わり、2020年に独立開業。「財務の力で中小企業を元気にしたい」という思いのもと、志ある経営者の最良の伴走支援者として、財務の視点から経営改善・事業成長をサポートしている。志を共にする異業種のプロフェッショナルが集まることで、社会に大きなインパクトを与えたいとの思いを抱え、RGPに参画。趣味は読書・麻雀。ここ最近ではストリートピアノに憧れ、初心者ながらピアノ教室に通い始めた。

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