「これは昔からこうしているんです」
経営者と話をしていると、ときどき出てくる言葉です。
以前、ある会社の経費を見直していたときのことです。
交際費の中に、毎年かなりの金額が計上されている取引先がありました。
私は社長に尋ねました。
「この取引先との会食は、かなり多いですね。今も重要なお取引があるのですか」
すると、社長は少し考えてから答えました。
「いや、取引自体は昔に比べればかなり減っています。ただ、先代の頃からの付き合いなので」
さらに話を聞いていくと、毎年恒例のゴルフや会食があり、季節ごとの贈答も続いていました。
その一つひとつには、それなりの理由があります。
昔、大きな仕事を紹介してもらった。
会社が苦しいときに助けてもらった。
先代同士が親しかった。
だから、今さらやめにくい。
私はこの話を聞きながら、「無駄だからやめればいい」とは思いませんでした。
会社には、数字だけでは測れない関係があります。
長年築いてきた信用や恩義は、決算書には載りません。
しかし同時に、一つの疑問も浮かびました。
この会社は、今も「続ける」と意思決定しているのだろうか。
それとも、
「やめる」という意思決定をしていないから、続いているだけなのだろうか。
この二つは、似ているようで大きく違います。
「続ける」と「続いている」は違う
会社には、長く続いているものがたくさんあります。
毎週月曜日の会議。
毎月作る資料。
昔から付き合っている仕入先。
何十年も販売している商品。
社内の承認手続き。
取引先への贈答。
社長が必ず確認する書類。
一つひとつを見ると、始めた当時にはきっと理由があったはずです。
問題は、その理由が今も存在するかどうかです。
10年前には必要だった。
先代の時代には意味があった。
社員が50人いた頃には合理的だった。
主要顧客が違った頃には必要だった。
しかし、会社を取り巻く環境は変わります。
それでも仕組みだけが残ることがあります。
そして長く続けば続くほど、
「なぜやっているのですか」
と聞いたときの答えが、
「昔からそうだから」
になっていきます。
ここに、経営上の小さな危険があります。
「続ける」と決めたものではなく、単に「続いているもの」が、会社の中に少しずつ積み上がっていくからです。
人は「変える理由」ばかりを求める
なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか。
人間には、今の状態をそのまま維持しようとする傾向があります。
いわゆる「現状維持バイアス」です。
何かを変えるときには、理由を求めます。
「なぜ変えるのですか」
「本当に必要ですか」
「問題が起きたらどうするのですか」
ところが、今まで通り続けるときには、同じ厳しさで理由を問いません。
毎週1時間の会議を新しく始めようとすれば、
「本当に必要なのか」
と議論するでしょう。
しかし、10年前から続いている毎週1時間の会議について、
「来週も本当にやる必要があるのか」
とは、なかなか考えません。
新しいシステムを導入するには稟議が必要なのに、20年前から使っている非効率な仕組みを続けることには稟議が要らない。
新商品を発売するには何度も会議をするのに、ほとんど利益の出ていない既存商品を売り続けることは自動的に承認されている。
少し不思議な話です。
私たちは知らないうちに、
「変える側」にだけ説明責任を求め、「続ける側」には説明責任を求めていない
ことがあります。
何もしないことも、毎年行っている投資である
たとえば、ほとんど使われていない社内システムに年間120万円を支払っているとします。
新しく120万円のシステムを導入しようとすれば、経営者は慎重に検討するでしょう。
「本当に120万円の効果があるのか」
「もっと安い方法はないのか」
「投資を回収できるのか」
当然のことです。
しかし、昔から契約しているシステムの年間120万円は、そのまま更新される。
これは考えてみると面白いことです。
経済的には、どちらも同じ120万円です。
それでも、新しい120万円は「投資」として厳しく評価され、今まで払っていた120万円は「現状」として扱われる。
私は経営者の方に、
「もし今日、この契約が存在していなかったとして、改めて年間120万円を払って契約しますか」
と尋ねることがあります。
この質問をすると、見え方が変わります。
「それなら契約しないですね」
という答えが返ってくることがあります。
だとすれば、その会社は毎年120万円を「使っている」のではありません。
毎年120万円を投資し直すという意思決定を、無意識に行っているとも言えます。
継続は無料ではありません。
今の状態を維持することにも、毎年コストがかかっています。
ただし、「昔から」を簡単に捨ててはいけない
ここまで読むと、
「古いやり方はどんどんやめた方がいい」
という話に聞こえるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。
むしろ中小企業では、長く続いていることの中に競争力が隠れていることがあります。
長年の取引関係。
地域とのつながり。
社員同士の暗黙の連携。
職人の技術。
顧客との約束。
会社独自のサービス。
こうしたものは、効率性だけでは評価できません。
先ほどの交際費の話でも同じです。
長年お世話になった取引先との関係を、
「今の売上はいくらですか」
だけで判断するのは、少し乱暴です。
今は売上が小さくても、会社が苦しいときに助けてもらった関係かもしれない。
その関係そのものが、会社の信用を形づくっているかもしれない。
だから、
「昔から続いている=悪い」ではありません。
問題は、
「昔から続いている」ということだけが、続ける理由になっていないか
ということです。
ここは区別して考える必要があります。
「守るべきもの」と「残っているだけのもの」
では、どう見分ければよいのでしょうか。
私は一つの方法として、
「なぜ今も続けるのかを、自分の言葉で説明できるか」
を考えてみるとよいと思っています。
たとえば、
「この取引先との関係は、今の売上だけを見ると小さい。しかし地域での信用や情報ネットワークを考えると重要なので、今後も大切にする」
これは立派な経営判断です。
昔からの関係を守っていますが、「昔から」という理由だけで続けているわけではありません。
一方、
「なぜ毎月この資料を作っているのですか」
「さあ。昔から作っていますから」
となれば、一度考え直す余地があります。
大切なのは、
伝統か、改革か。
という二択ではありません。
守るものは、意思を持って守る。
変えるものは、意思を持って変える。
その線引きをすることです。
会社の歴史を大切にすることと、現状維持に陥ることは同じではありません。
「やめる」は、意外に難しい経営判断です
経営というと、何かを始めることに注目が集まりがちです。
新規事業を始める。
新商品を開発する。
新しいシステムを導入する。
新しい人材を採用する。
もちろん重要です。
しかし、人も時間も限られている中小企業では、
何を始めるかと同じくらい、何をやめるかが重要です。
一つの仕事をやめれば、その時間を別のことに使えます。
一つの会議をやめれば、参加者全員の時間が戻ってきます。
一つの不採算商品をやめれば、営業や製造のリソースを利益の出る商品に振り向けられます。
第3回では、人手不足について、
「人を増やす前に、仕事を減らせないか」
という話をしました。
これも同じです。
会社は、新しい仕事を追加することには慣れています。
しかし、古い仕事を消すことは意外に苦手です。
その結果、
新しい施策を始める。
昔の仕事も残る。
さらに新しい施策を始める。
また仕事が増える。
そして、
「人が足りない」
となる。
人手不足の一部は、もしかすると会社が過去を捨てられないことによって生まれているのかもしれません。
AIを入れる前に、「この仕事は必要か」を考える
これはAIやDXについても同じだと思っています。
最近は、
「この業務をAIで効率化できませんか」
という相談が増えています。
もちろん、AIで効率化できる仕事はたくさんあります。
しかし私は、その前に一つ確認した方がよいと思っています。
「そもそも、その仕事は今も必要なのでしょうか」
必要のない資料をAIで10分で作れるようにしても、その会社が本質的に良くなったとは限りません。
誰も読んでいない報告書を、人間が2時間かけて作るよりAIが5分で作る方が効率的です。
しかし、本当に一番効率的なのは、
その報告書を作るのをやめること
かもしれません。
テクノロジーが進化すると、私たちは「どう効率化するか」に目を向けます。
しかし、その前に、
「なぜやっているのか」
「今でも必要なのか」
を問う。
AI時代だからこそ、この問いはむしろ重要になるように思います。
年に一度、「ゼロから選び直す」
現状維持バイアスを完全になくすことは難しいでしょう。
だから私は、仕組みとして「選び直す機会」を作ることが有効だと思っています。
たとえば年に一度、
「今年もこれを続けるか」
を考える。
契約。
会議。
定例資料。
サブスクリプション。
商品。
取引条件。
社内ルール。
慣習。
すべてを一気に見直す必要はありません。
一つずつで構いません。
そのとき、
「やめる理由はあるか」
ではなく、
「今ゼロから考えても、もう一度これを選ぶか」
と問い直す。
この問いには力があります。
過去からの延長線ではなく、現在の経営環境から物事を見直せるからです。
そして、
「それでも続けたい」
と思ったのであれば、続ければいい。
その瞬間、それは単なる現状維持ではなく、
「今の経営者が改めて選んだもの」
になります。
私は、この違いがとても大切だと思っています。
会社の歴史は、「変えなかったこと」だけではできていない
長く続いている会社を見ると、伝統を大切にしていることが多くあります。
だから、
「長寿企業は変えない会社だ」
と思われることがあります。
しかし、実際には逆なのかもしれません。
長く続いてきた会社は、
守るべきものを守るために、それ以外のものを何度も変えてきた会社
なのではないでしょうか。
商品を変える。
売り方を変える。
設備を変える。
組織を変える。
取引先を変える。
時代に合わせて変化しながら、それでも会社として大切なものは守る。
だから生き残る。
何も変えないことが伝統なのではありません。
何を変え、何を変えないかを選び続けることが、経営なのだと思います。
「昔から」を、今日の意思決定に変える
「昔からこうしている」
この言葉そのものが悪いわけではありません。
その後に、一言加えてみる。
「昔からこうしている。そして今も、こうする理由は○○だ」
と言えるでしょうか。
言えるのであれば、それは守る価値があるものかもしれません。
もし言えないのであれば、一度だけ立ち止まってみる。
続けるのか。
変えるのか。
やめるのか。
大切なのは、どの答えを選ぶかではありません。
自分たちで選び直すことです。
現状維持の怖さは、「変えないこと」そのものではありません。
変えないという意思決定すらしないまま、昨日と同じことが今日も続き、今日と同じことが明日も続いていくことです。
最後に、今回も一つ問いを置きたいと思います。
あなたの会社で、
「昔からやっているから」という理由で続いているものは何でしょうか。
会議でも構いません。
契約でも構いません。
商品でも、取引先でも、社内ルールでも構いません。
一つだけ思い浮かべて、こう問いかけてみてください。
「もし今日、この会社をゼロから始めるとしても、私はもう一度これを選ぶだろうか」
答えが「はい」なら、これからも大切にすればいい。
答えが「いいえ」なら、そこに会社を少し軽くする余地があるのかもしれません。
そして「はい」と答えたものについては、
「なぜ、それを守るのか」
を言葉にしてみる。
変えるべきものを変えることと同じくらい、守るべきものを自覚して守ることも、経営者の仕事なのだと思います。
次回:【第8回】経営課題が多すぎる会社ほど、何も変わらない
「売上も上げなければならない」
「採用もしなければならない」
「DXも進めたい」
「若手も育てたい」
「新規事業も考えなければならない」
経営者の頭の中には、常に多くの課題があります。
そして真面目な経営者ほど、それらをすべて何とかしようとします。
ところが、やるべきことが増えれば増えるほど、なぜか何も進まなくなることがあります。
問題は、経営者の能力や意欲ではないのかもしれません。
人間が一度に考え、決め、実行できる量には限界があるからです。
さらに、
「営業を強化する」
「生産性を高める」
「組織力を向上させる」
といった、一見もっともらしい経営課題にも落とし穴があります。
次回は、「課題が多すぎること」と「言葉が抽象的すぎること」が、なぜ経営者の行動を止めるのかを考えてみたいと思います。
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