会社経営において財務は重要である。
これは誰もが理解していることだと思います。
利益が出ているか。
資金繰りは大丈夫か。
投資しても問題ないか。
借入金は適正か。
経営者であれば、日々こうした問いに向き合っています。
一方で、私は長年、財務や会計の仕事に携わる中で、ある違和感を持つようになりました。
それは、
「正しい数字を作ること」と「経営が良くなること」は必ずしも一致しない
ということです。
どれだけ精緻な試算表を作っても、どれだけ詳細な予算を組んでも、経営が改善しない会社は存在します。
逆に、数字の管理がそれほど洗練されていなくても、着実に成長していく会社もあります。
この違いはどこにあるのでしょうか。
私はその答えの一つが、
「数字そのものではなく、人の行動にある」
と思っています。
財務は本来、人を動かすために存在している
財務という言葉を聞くと、多くの人は数字をイメージします。
売上。
利益。
キャッシュフロー。
自己資本比率。
確かにどれも重要です。
しかし冷静に考えてみると、数字そのものには何の力もありません。
試算表が会社を成長させるわけではありません。
予算書が新規顧客を獲得してくれるわけでもありません。
資金繰り表が生産性を向上させるわけでもありません。
会社を変えるのは、いつも人です。
営業担当者の行動。
管理職の判断。
社員一人ひとりの意思決定。
そして経営者自身の決断です。
数字は、それらの行動を促すための材料に過ぎません。
にもかかわらず、多くの会社では数字を作ること自体が目的になってしまっています。
月次決算を締めること。
予算を作ること。
会議で報告すること。
それで仕事が完了したような気になってしまうのです。
しかし本来問われるべきは、
「その数字によって誰が何を変えるのか」
ではないでしょうか。
数字を見せても人は動かない
経営会議でこんな場面を見たことがあります。
財務担当者が説明します。
「今月の粗利率は28.3%でした。」
「販管費率は前年同期比で1.5ポイント増加しています。」
「営業利益は予算比で95%です。」
説明は正確です。
しかし会議が終わっても、誰の行動も変わらない。
そんなことは珍しくありません。
なぜでしょうか。
理由は単純です。
人は数字そのものに反応しているわけではないからです。
例えば、
「粗利率が2%改善しました」
と言われても、多くの社員は何をすればよいのかわかりません。
しかし、
「粗利率が2%改善すると、新しい営業担当者を1人採用できる」
と言われるとどうでしょう。
数字が意味を持ち始めます。
あるいは、
「在庫を減らせば資金繰りに余裕が生まれる」
という説明より、
「在庫を適正化できれば、来年の賞与原資を確保できる」
という説明の方が行動につながることがあります。
人は数字ではなく意味に反応するのです。
人は合理的に意思決定しない
ここで重要になるのが、人間の心理です。
経済学では長い間、人は合理的に行動すると考えられてきました。
十分な情報があれば最適な判断をする。
利益を最大化する方向に行動する。
そうした前提です。
しかし現実は違います。
私たちは日々、多くの非合理な判断をしています。
損をしたくないから撤退できない。
成功体験に引きずられる。
都合の良い情報だけを集める。
感情で判断してから理屈を後付けする。
経営者も例外ではありません。
むしろ大きな意思決定を行う立場だからこそ、心理的な影響を強く受けることがあります。
利益が出ていても不安になる。
数字上は投資すべきなのに決断できない。
逆に根拠が薄くても勢いで投資してしまう。
こうした現象は珍しくありません。
つまり、
「正しい数字を示せば正しい判断が行われる」
という考え方そのものが危ういのです。
数字を見るのは人間です。
そして人間は必ず心理的な影響を受けます。
財務を考えるとき、数字だけでなく人間そのものを理解する必要がある理由がここにあります。
良い財務とは良い意思決定を生む財務である
私はこれからの時代の財務に求められる役割は変わっていくと思っています。
これまでの財務は、
「正確な数字を作ること」
に重点が置かれていました。
もちろんそれは今後も必要です。
しかし、会計システムやAIの進化によって、数字を作ること自体の価値は徐々に低下していくでしょう。
一方で価値が高まるのは、
「数字をどう解釈するか」
そして、
「数字をどう伝えるか」
です。
同じ数字でも、伝え方によって人の行動は変わります。
同じ業績でも、見せ方によって組織の空気は変わります。
良い財務担当者とは、優秀な分析者であるだけではありません。
経営者や社員がより良い意思決定を行えるよう支援する翻訳者でもあります。
数字を経営課題に翻訳する。
数字を行動目標に翻訳する。
数字を未来のストーリーに翻訳する。
そうした役割がますます重要になるはずです。
「人を動かす財務」を考えてみたい
私は今後、このシリーズで「人を動かす財務」というテーマを掘り下げていきたいと思います。
なぜ経営者は合理的に判断できないのか。
なぜ数字を共有しても組織は動かないのか。
なぜ同じ情報を見ても人によって解釈が異なるのか。
KPIはどう設計すれば行動につながるのか。
資金繰り表はどのように経営者の安心感に影響するのか。
こうしたテーマを、財務・会計の視点だけでなく、人間心理や行動科学の視点も交えながら考えていきたいと思います。
財務は数字の学問だと思われがちです。
しかし実際には、人間を理解する学問でもあります。
会社を変えるのは数字ではありません。
人です。
だからこそ、これからの財務は数字を管理するだけでなく、人を動かすための財務でなければならない。
私はそう考えています。
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