「何度言っても変わらない」の正体― 経営者に必要な「信賞必罰」を考える

「もう何度も言っているんです。でも、全く変わらないんですよ。」

中小企業の経営者から、こうした話を聞くことがあります。

会社の業績は決して楽観できない。市場も変化している。このまま今までと同じことを続けていては、数年後は分からない。

だから経営者は何度も伝えます。

もっと顧客に踏み込んでほしい。
新規開拓をしてほしい。
自分から考えて動いてほしい。
従来のやり方を変えてほしい。

ところが、変わらない。

会議では神妙な顔で聞いている。面談では「分かりました」と言う。

しかし、翌週になれば以前と同じ仕事をしている。

最初は経営者も丁寧に説明します。それでも変わらなければ、少し強く言う。それでも変わらない。何度か繰り返すうちに、経営者の方が疲れてきます。

そして、ある言葉が出てきます。

「もう、あの人は仕方がない。」

私は、この瞬間こそ組織にとって危険だと思っています。

問題社員がいることそのものではありません。

経営者が「変わらないこと」を受け入れてしまうことが危険なのです。

目次

「自分がいなければ困る」と思わせたのは誰か

特に中小企業では、経営者が強く言えなくなる社員がいます。

長年勤めている。

重要な顧客を持っている。

その人にしか分からない仕事がある。

社内事情に詳しい。

辞められたら困る。

こうした人材に対して、経営者が知らず知らずのうちに忖度してしまうケースは珍しくありません。

本人も、それを感じ取っています。

「社長はいろいろ言っているけれど、自分がいなくなれば困るだろう。」

口には出さなくても、そうした空気が生まれる。

すると、経営者が何度「変わってほしい」と言っても、行動は変わりません。

なぜなら、本人からすれば変わる必要がないからです。

今まで通り仕事をしていても給料は変わらない。

役職も変わらない。

担当顧客も変わらない。

賞与も大きくは変わらない。

結局、何も起こらない。

経営者の言葉と、現実に起きることが一致していないのです。

そして厳しい言い方をすれば、

「自分の代わりはいない」と社員に高を括らせてしまった責任の一端は、経営にもあります。

属人化を放置してきた。

顧客との関係を個人に任せてきた。

ノウハウを共有させてこなかった。

後継者を育ててこなかった。

結果として、その社員を「辞められたら困る存在」にしてしまった。

これは人の問題であると同時に、経営の問題でもあります。

人は「言われた通り」ではなく、「扱われた通り」に学習する

ここで、人事評価について考えてみます。

例えば社長が営業部門に、

「新規開拓をもっとやってほしい」

と繰り返し伝えていたとします。

しかし、新規開拓をしないベテラン社員が、既存顧客から一定の売上を上げているという理由で毎年同じ評価を受けている。

一方、若手社員が新規開拓に挑戦し、何十社にもアプローチしたものの、すぐには成果につながらなかった。

評価は低い。

この会社で、社員は何を学ぶでしょうか。

「新規開拓が大切だ」とは学びません。

「社長は新規開拓と言っているけれど、やらなくても特に困らない」

と学びます。

経営者の言葉より、会社で実際に起きたことの方が強いメッセージになるからです。

組織は、経営者が話した理念だけでつくられるのではありません。

誰が評価され、誰が昇進し、誰に重要な仕事を任せ、逆に誰の行動に対して会社が何をしなかったのか。

社員はそれを見ています。

人は「言われた通り」に学習するのではありません。

「扱われた通り」に学習するのです。

なぜ「信賞必罰」が必要なのか

そこで、改めて考えたい言葉があります。

「信賞必罰」です。

少し古臭く、厳しい言葉に聞こえるかもしれません。

しかし、本来の意味は「社員を罰して統制すること」ではないはずです。

成果を上げた人。
会社が求める行動をした人。
難しい仕事に挑戦した人。
周囲に貢献した人。

そういう人を、きちんと評価する。

一方で、

期待されている役割を果たさない。
何度フィードバックしても改善しない。
組織として決めたことを実行しない。

そうした状態にも、きちんと結果を伴わせる。

私はこれが、現代における信賞必罰だと思います。

重要なのは「罰」の意味です。

怒鳴ることでも、見せしめにすることでもありません。

ましてや、経営者の好き嫌いで処遇を変えることでもありません。

期待された役割を果たしたかどうかによって、評価・報酬・役割・権限に適切な差がつくこと。

これが「罰」の本質ではないでしょうか。

「罰がない会社」は、優しい会社ではない

社員に厳しい評価をすることに抵抗を感じる経営者は少なくありません。

「生活もあるから。」

「長く働いてくれているから。」

「辞められたら困るから。」

その気持ちは理解できます。

しかし、考えなければならないのは、その社員一人だけではありません。

周囲の社員は見ています。

会社が新規開拓を求めているから、一生懸命動いている社員がいる。

仕事のやり方を変えようとしている社員がいる。

苦手なことにも挑戦している社員がいる。

その横で、

「自分は今まで通りでいい」

という人が同じように評価されていたら、どう感じるでしょうか。

「結局、やってもやらなくても同じじゃないか。」

そう思った瞬間、会社は最も大切な人から意欲を奪います。

つまり、適切な「罰」がない会社で一番損をするのは、問題のある社員ではありません。

真面目に期待に応えようとしている社員です。

信賞必罰とは、厳しい経営ではありません。

むしろ、努力している人を守るための経営なのだと思います。

評価制度は「点数をつける仕組み」ではない

では、何を変えればよいのでしょうか。

評価制度を複雑にする必要はありません。

重要なのは、会社が社員に求めるものを明確にすることです。

例えば営業職なら、

売上3,000万円。

これだけでは不十分です。

既存顧客から3,000万円売った人と、新しい顧客を開拓して3,000万円売った人。

会社が今後、新規顧客を増やしたいのであれば、この二人を同じように評価してよいのでしょうか。

あるいは、

個人では3,000万円売ったものの、顧客情報を抱え込み、後輩を育てず、自分にしかできない状態をつくっている人。

一方で2,700万円だったものの、後輩を育成し、営業ノウハウを共有し、チーム全体の売上を伸ばした人。

どちらを高く評価するのか。

ここに経営者の意思が表れます。

評価制度とは、社員を採点する仕組みではありません。

「この会社では、こういう人を評価する」という経営者の意思を制度にしたものです。

「評価」と「処遇」をつなげなければ、行動は変わらない

もう一つ重要なのは、評価しただけで終わらせないことです。

「あなたの評価はCです。」

そう伝えても、給与も賞与も役職も権限も変わらないのであれば、本人にとっては大した意味を持ちません。

だから、評価と処遇をつなげる必要があります。

高く評価された人には、報酬だけでなく、より大きな仕事や権限を与える。

期待する役割を継続して果たさない人には、賞与、昇給、役割、担当範囲などで差をつける。

管理職として期待する行動をしないのであれば、管理職という役割そのものを見直す。

重要顧客を抱えていることだけが強さになっているのであれば、顧客情報を共有し、複数担当制にして、会社として顧客を管理する。

つまり、「あなたがいないと困る」という状態そのものを解消していくのです。

ここまでやって初めて、経営者の言葉と会社の仕組みが一致します。

ただし、「いきなり罰する」は間違っている

信賞必罰というと、すぐに厳格な評価や降格を想像するかもしれません。

しかし、順番があります。

まず、会社が何を求めているのかを明確にする。

次に、本人に期待する役割と行動を具体的に伝える。

そのために必要な支援や教育を行う。

期限を決めて、行動を見る。

途中でフィードバックする。

それでも変わらないのであれば、評価に反映する。

そして評価に応じて、処遇や役割を見直す。

この順番が重要です。

何も伝えず突然評価を下げれば、それは信賞必罰ではありません。

単なる不意打ちです。

反対に、何度伝えても何も起こらなければ、それも評価制度とは呼べません。

機会は公平に与える。しかし、結果まで平等にはしない。

この線引きが、経営者には必要なのだと思います。

経営者が最初に変えるべきもの

「何度言っても変わらない社員」を前にすると、経営者は相手をどう変えるかを考えます。

しかし、本当に最初に変えるべきものは、社員ではないのかもしれません。

経営者自身の振る舞いです。

「辞められたら困る」と思って言うべきことを言わない。

「長く働いているから」と評価を曖昧にする。

「売上を持っているから」と組織行動を見逃す。

その一つひとつが、会社のルールをつくっています。

社員は経営者の言葉ではなく、行動を見ています。

「あの人には社長も強く言えない。」

そう思われた瞬間、正式な組織図とは別の力関係が会社の中に生まれます。

だから経営者がまずやるべきことは、問題社員と戦うことではありません。

誰か一人が抜けても会社が回る状態をつくることです。

顧客を会社の資産として管理する。

業務を標準化する。

情報を共有する。

複数の人が担当できるようにする。

後継者を育てる。

採用を続ける。

つまり、評価制度を機能させる前提として、経営者自身が「この人に辞められたら困る」という恐怖から自由になる必要があります。

信賞必罰とは、経営者が責任を引き受けることである

私は、信賞必罰とは「厳しい会社をつくること」ではないと思っています。

むしろ逆です。

何を期待されているのかが分かる。

努力すれば報われる。

挑戦を見てもらえる。

役割を果たさなければ、それも曖昧にされない。

その方が、社員にとって公平です。

そして何より、真面目に働いている人が馬鹿を見ない組織になります。

経営者にとって難しいのは、「賞」ではありません。

成果を出した社員を褒めることはできます。

難しいのは「罰」です。

関係が悪くなるかもしれない。

辞めるかもしれない。

現場が混乱するかもしれない。

だから判断を先送りします。

しかし、その先送りにもコストがあります。

そしてそのコストを支払っているのは、多くの場合、経営者ではなく周囲の社員です。

何度言っても変わらない。

もしそう感じているのであれば、もう一度伝え方を工夫する前に、考えてみてもよいのではないでしょうか。

「変わらなくても何も起きない」ということを、会社自身が教えてしまってはいないか。

人事評価とは、人を裁くためのものではありません。

会社が大切にする価値観を、現実の意思決定として示すための仕組みです。

評価する。

報いる。

改善を求める。

機会を与える。

それでも果たされなければ、役割や処遇を変える。

この一貫性があって初めて、経営者の言葉に重みが生まれます。

信賞必罰とは、人を恐怖で動かすことではない。

経営者が「何を評価し、何を許容しないのか」を曖昧にしないことです。

そして、その判断から逃げないこと。

結局のところ、信賞必罰で最も問われているのは、社員の覚悟ではなく、経営者の覚悟なのだと思います。

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この記事を書いた人

co founder / Chief Financial Officer
Financial Strategist
公認会計士・経営学修士(MBA)

財務戦略の立案・実行支援が専門。大手監査法人にて会計監査を経験した後、財務コンサルティングファームにて企業再生支援・M&Aサポート・IPOサポートなどのトランザクションサービスに携わり、2020年に独立開業。「財務の力で中小企業を元気にしたい」という思いのもと、志ある経営者の最良の伴走支援者として、財務の視点から経営改善・事業成長をサポートしている。志を共にする異業種のプロフェッショナルが集まることで、社会に大きなインパクトを与えたいとの思いを抱え、RGPに参画。趣味は読書・麻雀。ここ最近ではストリートピアノに憧れ、初心者ながらピアノ教室に通い始めた。

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