経営者の方と話をしていると、よく耳にする言葉があります。
「それは分かっています」
たとえば、利益率が下がっている会社で、
「そろそろ価格を見直す必要がありますね」
と話す。
すると、
「分かっています。うちも値上げしないといけないんですよ」
と返ってくる。
在庫が増えて資金繰りを圧迫している会社で、
「一度、滞留在庫を整理した方がいいですね」
と話しても、
「それも分かっているんです」
という答えが返ってきます。
固定費の見直しでも、赤字事業からの撤退でも、営業活動の強化でも同じです。
「分かっています」
この言葉を聞くと、支援する側としては少し安心します。
少なくとも問題は認識されている。
必要性も理解されている。
であれば、あとは実行するだけだ。
以前の私も、そう考えていました。
しかし、今はむしろ逆です。
経営者から「分かっています」という言葉が出てきたときほど、
「では、なぜやっていないのだろう」
と考えるようになりました。
そこに、経営改善を止めている本当の原因が隠れていることが多いからです。
「知らない」なら、話は簡単です
考えてみれば、「知らない」という問題は比較的解決しやすいものです。
知識がなければ、教えればいい。
数字がなければ、作ればいい。
分析が足りなければ、分析すればいい。
たとえば、ある商品の採算が悪いことを経営者が知らなかったとします。
商品別の粗利を計算して、
「実は、この商品は売れば売るほど利益率が下がっています」
と示す。
それまで知らなかった事実に気づき、
「そうだったのか。それなら価格を見直そう」
と動く。
これは比較的分かりやすい経営改善です。
情報の不足が原因だったので、情報を補えば問題が解決します。
ところが、難しいのはその先です。
採算が悪いことも知っている。
値上げが必要なことも知っている。
いつまでにやるべきかも、おおよそ分かっている。
それでも、やっていない。
この場合、さらに詳しい資料を渡しても、おそらく問題は解決しません。
すでに「分かっている」のですから。
ここで必要なのは、知識を増やすことではなく、
「なぜ、分かっているのに行動していないのか」
を考えることです。
「知っている」と「できる」は別物である
これは経営だけに起きる話ではありません。
健康のためには運動した方がいい。
食べ過ぎない方がいい。
睡眠時間を確保した方がいい。
誰もが知っています。
それでも、仕事が終わればソファに座ってしまう。
夜遅くまでスマートフォンを見てしまう。
「来週から運動しよう」と思いながら、何週間も過ぎていく。
知識が足りないわけではありません。
意志がないわけでもありません。
「やった方がいい」と、本当に思っている。
それでも行動しない。
この「やろうと思っていること」と「実際にやること」の間にある溝は、行動科学などでは「意図と行動のギャップ」と呼ばれています。
経営でも、まったく同じことが起きています。
「値上げしなければ」と思うことと、実際に取引先へ電話をすること。
「数字を見なければ」と思うことと、毎週30分、試算表を見る時間を確保すること。
「営業を強化しなければ」と思うことと、今日一件、新規顧客に電話をすること。
似ているようですが、実は違います。
前者は「意図」です。
後者は「行動」です。
そして会社の数字を変えるのは、意図ではありません。
行動です。
経営会議にも「分かりました」が溢れている
この問題は、経営者個人だけのものでもありません。
経営会議を見ていても、よく似た場面があります。
「今月は粗利率が落ちています」
「分かりました」
「新規顧客の獲得件数が計画を下回っています」
「営業を強化します」
「残業時間が増えています」
「業務効率化を進めます」
会議としては、きちんと成立しています。
問題点を共有し、担当者も理解している。
議事録にも「営業強化」「業務効率化」と書かれる。
ところが翌月。
また同じ話をしています。
なぜでしょうか。
私は、ここにも「意図」と「行動」の混同があると思っています。
「営業を強化する」は、行動ではありません。
「業務を効率化する」も行動ではありません。
「コストを削減する」も、「採用を強化する」も、それだけではまだ意図です。
では、何をすれば行動になるのか。
たとえば、
「今週金曜日までに休眠顧客20社をリストアップし、来週5社に電話する」
まで具体化する。
ここまで来て、ようやく人は動けます。
経営の現場では、この意図を行動に翻訳する作業が、思っている以上に抜け落ちています。
「分かっています」が思考を止めることもある
もう一つ、「分かっています」という言葉について気になっていることがあります。
この言葉は、ときに思考を終了させる言葉にもなるということです。
「値上げが必要ですよね」
「分かっています」
この瞬間、会話は終わります。
しかし本当は、ここからが重要です。
なぜ、まだ値上げしていないのか。
何が怖いのか。
どの取引先からなら始められそうなのか。
いくらなら伝えられるのか。
いつ電話するのか。
最初の一社はどこなのか。
こうした問いを一つずつ掘っていくと、「値上げが必要」という財務上の問題の後ろに、まったく別のものが見えてきます。
取引先を失う怖さかもしれない。
長年続けてきたやり方を変える抵抗感かもしれない。
考えることが多すぎて、何から始めればいいのか分からないのかもしれない。
「もう少し状況を見てから」と先送りしているのかもしれない。
つまり、
「分かっています」の先にこそ、その経営者が動けない理由がある。
私はそう考えています。
専門家も「分かってもらうこと」をゴールにしてはいけない
これは、私自身への戒めでもあります。
会計士や税理士、コンサルタントなどの専門家は、どうしても「理解してもらうこと」を重視します。
一生懸命分析して、資料を作り、説明する。
そして経営者から、
「なるほど。よく分かりました」
と言われると、仕事をした気になります。
私自身、そうでした。
しかし、考えてみれば少し不思議です。
経営者がどれほど深く理解しても、それだけでは会社の売上は一円も増えません。
コストも一円も下がりません。
キャッシュも一円も増えません。
会社の数字が変わるのは、その後に誰かが何かをしたときです。
だとすれば、専門家が本当に確認すべきなのは、
「分かっていただけましたか?」
ではなく、
「では、次に何をしますか?」
なのかもしれません。
そして、さらに重要なのは、
「それを、いつやりますか?」
まで聞くことです。
「何をするか」を一つだけ決める
経営改善というと、大きな計画を作りたくなります。
売上を10%伸ばす。
粗利率を3ポイント改善する。
固定費を年間1,000万円削減する。
もちろん目標は必要です。
しかし、人が実際に動くためには、その大きな目標を「次の一つの行動」まで小さくする必要があります。
値上げをする。
ではなく、
「明日の午前10時にA社へ電話する」。
固定費を削減する。
ではなく、
「今週金曜日までに、過去3カ月の支払先一覧から毎月定額で支払っているものを10件抽出する」。
資金繰りを改善する。
ではなく、
「明日の朝30分、入金予定と支払予定を一覧にする」。
会社を変えるのは、「分かった」という瞬間ではありません。
こうした小さな行動が実際に起きた瞬間です。
そして、一つ行動すると、新しい数字が出ます。
その数字を見て、また次の行動を決める。
この繰り返しによって、経営は少しずつ変わっていきます。
「分かっていること」を、一度疑ってみる
経営者は毎日、多くのことを考えています。
だからこそ、「そんなことは分かっている」と感じることも多いと思います。
それ自体は悪いことではありません。
経験を積んだ経営者ほど、すでに多くの正解を知っています。
しかし、もしその「分かっていること」が半年、一年と実行されていないのであれば、一度だけ立ち止まって考えてみてもよいのではないでしょうか。
本当に問題は、知識が足りないことなのでしょうか。
それとも、
分かっていることを、行動に変えるところで止まっているのでしょうか。
もし後者なら、もう一冊本を読むことも、さらに詳しい分析資料を作ることも、最初にやるべきことではないかもしれません。
まず、
「自分は何をやるのか」
を一つ決める。
そして、
「いつやるのか」
を決める。
経営改善の第一歩は、案外、それくらい小さなものなのだと思います。
最後に、今回も一つ問いを置きます。
あなたの会社で、
「分かっている」と言いながら、3カ月以上実行されていないことは何でしょうか。
一つだけ思い浮かべてみてください。
そして、「なぜできていないのか」を考える前に、もう一つだけ問いを加えてみてください。
「次にやる、具体的な一つの行動は何か?」
「分かっています」を「やりました」に変える。
そこから、数字は動き始めます。
次回:【第3回】「人がいないからできない」は、本当に理由なのか
中小企業の経営者から、最もよく聞く言葉の一つがあります。
「やりたいことはあるんですが、人がいないんですよ」
人手不足が深刻であることは間違いありません。
しかし、私はある二社の経営者を見ていて、一つの疑問を持つようになりました。
同じ地域、同じ業界、似たような規模。そして、どちらも人手不足。
それなのに、一方の会社は「人がいないから」と動きを止め、もう一方は「人がいないからこそ」と経営を変えていく。
この違いは、どこから生まれるのでしょうか。
次回は、「制約を、できない理由にする会社」と「経営の前提にする会社」の違いから、人手不足時代の経営について考えてみたいと思います。
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