「先生のおっしゃることは分かります。でも、うちは人がいないんですよ」
中小企業の経営者と話をしていると、この言葉を本当によく耳にします。
以前、ある水産仲卸会社の社長と話をしていたときのことです。
売上が前年を大きく下回っており、その原因を分析して、これから取り組むべきことを話していました。
ところが、その最中にも電話が鳴ります。
社長は電話に出て、戻ってきたと思ったら、今度は社員から声をかけられる。また席を立つ。
ようやく話を再開すると、今度は別の電話が鳴る。
まさに「人がいない」という言葉を、そのまま体現しているような状況でした。
一通り話を終えたところで、社長はため息交じりに言いました。
「新しいことをやらないといけないのは分かっているんです。でも、今の人数では目の前の仕事を回すだけで精一杯です。人さえいれば、もっといろいろできるんですが」
確かに、その通りなのだと思います。
人がいれば、できることは増える。
社長自身の時間も空くでしょう。
新しい営業活動にも取り組めるかもしれません。
業務改善に時間を使うこともできます。
ただ、その話を聞きながら、私は一つの疑問を持っていました。
「人がいない」という状況は、いつになったら解消されるのだろうか。
「人がいない」は、間違いなく現実です
最初に明確にしておきたいことがあります。
中小企業の人手不足は、決して経営者の言い訳だけで片づけられるような問題ではありません。
採用募集をしても応募がない。
ようやく採用できても、定着しない。
ベテラン社員が退職しても、代わりになる人材が見つからない。
若い人材を採用したくても、大企業との採用条件の差は大きい。
こうした話は、私も日常的に耳にします。
ですから、「人がいないからできない」と話す経営者に対して、「それは言い訳です」と言うつもりはありません。
問題は、その先です。
人手不足が一時的な問題なら、人が採用できるまで待つという選択肢もあるでしょう。
しかし、これから先、「十分に人がいる状態」が簡単に戻ってこないとしたらどうでしょうか。
そう考えたとき、
「人が増えたら、やる」
という経営は、少し危うくなります。
なぜなら、その「人が増える日」が来ない可能性があるからです。
そこで、問いを変える必要があります。
「どうすれば人を増やせるか」だけではなく、「今いる人で、どう違う結果を出すか」。
人手不足を「解消してから経営する問題」ではなく、「その条件の中で経営する問題」として考える。
似ているようですが、この二つには大きな違いがあります。
同じ「人がいない」でも、経営は違う
先ほどの会社と同じ地域に、似た規模の水産関係の会社がありました。
こちらの会社も、人員に余裕があったわけではありません。
むしろ社長自身が現場に出る時間も長く、決して暇な会社ではありませんでした。
ところが、その社長からは少し違う言葉が出てきました。
「うちも人は全然足りていません。でも、足りない中でどうするかを考えるのが経営者の仕事だと思っています」
印象に残った言葉でした。
二社とも「人がいない」という現実は同じです。
しかし一方は、
「人がいない。だからできない」
と考える。
もう一方は、
「人がいない。では、この人数でどうするか」
と考える。
人手不足という事実は同じでも、その事実の置き場所が違うのです。
前者では、人手不足は「行動できない理由」になります。
後者では、人手不足は「経営を考えるときの前提条件」になります。
私は、この違いはかなり大きいと思っています。
「理由」と「前提」は、似ているようでまったく違う
経営には、自分では変えられないことがたくさんあります。
人手不足。
原材料価格。
為替。
金利。
人口減少。
競合企業の動き。
取引先の方針。
経営者がどれほど努力しても、自社だけでは変えられないものがあります。
問題は、それらをどう扱うかです。
「原材料が高いから利益が出ない」
「人がいないから新しいことができない」
「市場が縮小しているから売上が伸びない」
こう考えると、そこで思考が止まります。
原因が自分の外側にあるからです。
しかし、
「原材料価格が高い状態で、どう利益を残すか」
「人が増えない前提で、どう仕事を回すか」
「市場が縮小する中で、どこから売上を作るか」
と問い直すと、考える対象が変わります。
外部環境そのものではなく、その環境に対して自分たちが何をするかに意識が向くからです。
変えられないものを「理由」にすると、行動は止まります。
変えられないものを「前提」にすると、その先の選択肢を考え始めます。
これは言葉遊びではありません。
経営者がどこに思考を向けるかという、経営上の大きな違いです。
人を増やす前に、仕事を減らせないか
では、「人がいない」を前提にすると、何が変わるのでしょうか。
たとえば、これまでなら、
「忙しいから、もう一人採用しよう」
と考えていたところを、
「そもそも、この仕事は必要なのだろうか」
と考えるようになります。
毎月作っている資料は、本当に誰かが使っているのか。
何年も続いている会議は、本当に必要なのか。
同じ数字を複数のExcelに転記していないか。
昔からの慣習というだけで続けている業務はないか。
社長にしかできないと思っている仕事の中に、本当は他の人でもできるものはないか。
逆に、社員がやっている仕事の中に、AIやシステムに任せられるものはないか。
人手不足への対策というと、どうしても「採用」が最初に浮かびます。
もちろん採用は重要です。
しかし、人を一人増やすことだけが、人手不足への答えではありません。
仕事そのものを一つ減らすことも、人手不足への対応です。
むしろ、人が採れない時代だからこそ、
「何を増やすか」
以上に、
「何をやめるか」
を決めることが、経営者の重要な仕事になっていくのではないでしょうか。
忙しい会社ほど、「考える時間」がなくなる
冒頭の水産仲卸会社には、もう一つ印象的なことがありました。
社長は、とにかく忙しい方でした。
電話、来客、社員からの相談、現場対応。
一日中、何かに対応しています。
本人からすれば、誰よりも仕事をしている。
実際、その通りでした。
ところが、会社の将来について考える時間は、ほとんどありませんでした。
ここには、中小企業経営の難しいところがあります。
忙しいことと、経営していることは必ずしも同じではない。
目の前の仕事に対応すればするほど、一日は埋まります。
しかし、今日の仕事をどれだけ速く処理しても、明日も同じ仕事がやってくるのであれば、忙しさそのものはなくなりません。
だからこそ、本当は忙しい会社ほど、
「この仕事は、そもそも必要なのか」
「このやり方を続ける必要があるのか」
「社長がやる必要があるのか」
と考える時間が必要です。
しかし現実には、忙しいから、その時間を取れない。
そして考える時間がないから、仕事のやり方が変わらない。
仕事のやり方が変わらないから、さらに忙しくなる。
人手不足そのものより、この循環の方が会社を苦しくしているケースもあるように思います。
たった30分でも、経営は始められる
先ほどの二社には、もう一つ違いがありました。
後者の社長は、週に一度、必ず30分だけ数字を見る時間を確保していました。
決して時間に余裕があったわけではありません。
それでも、その30分だけは誰にも邪魔されない時間として確保していたのです。
前者の社長に、
「今期の粗利率はどれくらいですか」
と聞くと、
「だいたい20%くらいかな」
という答えでした。
実際には17%でした。
一方、後者の社長は、
「18.3%です。先月より0.4ポイント下がっています」
と即答しました。
この違いは、財務知識の差ではありません。
毎週30分、数字と向き合うという行動の差です。
興味深いことに、その後、最初の社長にも変化がありました。
あるとき、たまたま時間ができ、30分だけ試算表と向き合ってみたそうです。
すると、
「たった30分で、こんなに見えるものが違うのかと思いました」
と話してくれました。
会社を変えるために、最初から大きな改革が必要とは限りません。
人を一人採用しなければ何も始められないわけでもありません。
30分だけ数字を見る。
一つだけ仕事をやめる。
一つだけ誰かに任せる。
一つだけAIに置き換えてみる。
そうした小さな行動からでも、経営は変えられます。
経営とは、「制約のない状態」を待つことではない
経営者の仕事を考えていると、最近よく思うことがあります。
経営とは、条件が整ってから正解を実行する仕事ではないのではないか、ということです。
人が足りない。
お金も十分ではない。
時間もない。
競合もいる。
市場環境も変化する。
何かしらの制約は、常にあります。
すべての条件が整う日は、おそらく来ません。
だとすれば経営とは、
制約をなくすことだけではなく、制約がある中で違う結果を出すこと
なのだと思います。
「人がいないから、できない」
そう思ったとき、一度だけ、その文章を少し変えてみる。
「人がいない。では、今いる人で何ができるだろうか」
句点を一つ入れるだけです。
しかし、その小さな違いによって、「できない理由」だった人手不足が、「考えるための条件」に変わります。
もちろん、それだけで人手不足が解消するわけではありません。
現場の忙しさが消えるわけでもありません。
それでも、経営者自身が動かせるものに目を向けることはできます。
最後に、今回も一つ問いを置きたいと思います。
あなたの会社で、
「○○だから、できない」
と言っていることはないでしょうか。
人がいないから。
時間がないから。
お金がないから。
業界が厳しいから。
もし一つ思い浮かんだら、その言葉を、
「○○である。では、その前提で何ができるだろうか」
と言い換えてみてください。
その瞬間から、止まっていた経営が少しだけ動き始めるかもしれません。
次回:【第4回】精緻な経営資料が、会社を動かさなくなる瞬間
経営を良くするために、数字を見えるようにする。
部門別損益を作る。KPIを設定する。予算と実績を比較する。ダッシュボードを導入する。
どれも間違ってはいません。
私自身も以前、ある会社で社員一人ひとりの生産性を数字で可視化する仕組みを作ったことがあります。
完成したとき、社長は「これはすごい」と喜んでくれました。
ところが、一年ほど経つと、その資料は誰にも見られなくなりました。
数字が間違っていたからではありません。
むしろ、数字はかなり精緻でした。
ではなぜ、せっかく作った経営資料は使われなくなったのでしょうか。
そしてAIによって、これまで以上に簡単に大量の経営分析ができるようになったとき、同じ問題は起きないのでしょうか。
次回は、私自身の失敗でもある「管理のための管理」を題材に、数字を「見える化」することと、会社を「動かす」ことの違いについて考えてみたいと思います。
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