2025年度、上場企業による自己株式取得が過去最高水準に達する見通し──。
そんなニュースが今朝の日経新聞に掲載されていました。
企業業績の改善を背景に、余剰資本を自己株買いという形で株主に還元し、資本効率を高める動きが広がっています。ROE(自己資本利益率)の向上、資本コストの意識、資本構成の最適化。こうした視点が、上場企業の経営において“常識”になりつつあります。
では、中小企業、特にオーナー企業の経営者は、この動きをどう受け止めるべきなのでしょうか?
「うちは株主が自分だから関係ない」「資本効率なんて考えたことがない」
──確かにそうかもしれません。でも私は、この流れを“他人事”として見過ごすのは、もったいないと思うのです。
というのも、私たちオーナー企業の多くが、気づかぬうちに「資本惰性」に陥っているからです。
資本惰性──「余っているお金」が経営を鈍らせる
自己資本比率が70%、80%、あるいは90%超──。
中小企業には、借入を極力抑え、内部留保を着実に積み上げてきた企業が少なくありません。数字だけを見れば非常に健全。しかし、実際に経営者の言葉に耳を傾けると、こんな声が聞こえてきます。
「利益は出ているが、次の一手がない」
「社内にどこか停滞感がある」
「後継者候補も“このままでいいんじゃないですか”と話すようになった」
その原因のひとつが、「余剰資本が動いていないこと」です。
つまり、資本が単に“貯まっている”だけで、使い道も目的も与えられていない──これが、資本惰性の状態です。
資本は本来、リスクを取り、未来を切り拓くためのものです。
それが使われなければ、意思決定の緊張感は失われ、経営は守りに偏り、やがて企業全体が停滞していきます。
見えていないだけで、資本は「持ちすぎている」かもしれない
オーナー企業の経営者にとって、資本は“自分のお金”です。誰かにリターンを求められるわけでもなく、何に使うかを問われることもありません。だからこそ、放置されがちです。
しかし、見方を変えるとこれは最大の経営資源が未活用のまま眠っているということでもあります。
「いま会社にある資本のうち、実際に事業に使われているのはどれくらいか?」
「もし明日、成長投資を行うとしたら、どれだけ使える余力があるのか?」
こうした問いに答えられない状態は、経営上の危機と言っても過言ではありません。
答えのひとつ:成長投資に振り向ける“余剰資本枠”の可視化
ここで有効なのが、資本の見える化です。
「圧縮」ではなく、「分類」です。
たとえば、自己資本が3億円あるとします。そのうち、
- 1億円は“守り”としての安全資本(有事対応、借入返済)
- 1億円は“流動資本”として日常運転の安定化に必要
- 残る1億円は“使っていない資本”、すなわち成長投資に振り向けられる余剰資本
このように“資本に名前をつける”ことで、「どこまで攻められるか」が明確になります。
実際、ある製造業のオーナー企業では、顧問会計士と共にこうした資本分類を行い、眠っていた1.5億円を「成長投資用」として位置づけたことで、以下のような意思決定が可能になりました:
- 半導体設備の前倒し更新による収益性改善
- 幹部人材の年収レンジの引き上げ
- 海外拠点立ち上げの検討着手
使える資本が“見えて”くると、経営判断も具体性を持ち始めるのです。
意志ある資本が、経営を動かす
上場企業が自己株買いを通じて「余剰資本をどう使うか」を問うているのと同じように、オーナー企業にも問うべきテーマがあります。
「この資本は、何のために存在しているのか?」
資本を「貯めた結果」ではなく、「未来への手段」として再定義する。
そのプロセスを通じて、経営の意思は明確になり、社員や後継者にも伝わる軸ができます。
資本は単なる残高ではなく、意思の表現である。
これが、私がオーナー経営においてもっとも強調したいメッセージです。
✍まとめ
中小企業は、キャッシュの潤沢さが逆に経営の鈍化を招くという“静かなリスク”を抱えています。
それに気づくためには、まず「この資本のうち、使えるのはどれか?」という問いを自らに投げかけること。
資本に意志を持たせることで、経営が動き出します。
そしてそれは、上場企業に倣うのではなく、自社の未来をデザインするための“中小企業流・資本戦略”の第一歩なのです。
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