ここ最近、オルツやニデックにおける不適切会計の報道が、新聞紙上を賑わせています。上場企業における会計の不正は、当然ながら投資家を欺く重大な問題であり、断じて容認されるべきではありません。
一方で、非上場の中小企業に目を向けてみると、「会計の透明性」に対する意識自体が、そもそもあまり高くないという現実があります。税務申告のために最低限の帳簿を整える、いわゆる“税務会計”を中心とした運用にとどまり、経営のために会計を活かすという発想に至っていないケースも少なくありません。
しかし私は、会計の本質的な価値とは、単に正しく処理することや、外部説明の手段として使うことにとどまらず、「経営者自身が、自分の経営と向き合うための自己認知ツール」としての役割にあると考えています。会計を整えることは、自らの意思決定の構造を見直し、経営の視座を高めることにつながるのです。
会計が映し出す「経営者の思考のかたち」
会計は、数字の言語を通して企業の状態を“見える化”する仕組みです。しかしその数字は、単なる過去の結果の羅列ではありません。売上、利益、コスト、資産、負債――これらの数字には、経営者がどのような選択をしてきたか、どこに優先順位を置いているのかという、経営の意志が如実に表れています。
たとえば、売上は伸びているのに利益が出ていない企業。あるいは利益が出ていても、キャッシュが不足している企業。それらの背景には、どこかに“経営者の認知の歪み”が潜んでいます。利益を生まない取引先との関係に執着していないか。儲かっていない事業に無自覚にリソースを投下していないか。会計の数字は、そうした経営のアンバランスさを静かに、しかし確実に教えてくれます。
つまり、数字と向き合うということは、自分自身の経営判断を鏡に映すことに他なりません。どの数字に違和感を覚えるか、どの部分に説明がつかないか。そこにこそ、経営を変えるための最初のヒントがあるのです。
「数字で語れる経営者」への進化が信頼を生む
中小企業経営者にとって、「信用」は最も重要な資産のひとつです。金融機関との関係、取引先との契約、従業員の採用や定着においても、経営者の姿勢や発信内容が信用を左右します。
この「信用」を裏打ちするものとして、会計の整合性は極めて重要な役割を果たします。数字に対して誠実であり、筋の通った説明ができる経営者は、支援者や関係者に安心感を与えます。逆に、「会計のことは税理士に任せていてよく分からない」と口にする経営者には、金融機関は慎重にならざるを得ません。
とくに事業承継やM&A、資金調達の局面では、「数字で語れる経営者」であるかどうかが、意思決定のスピードと質を左右します。会計に向き合うことは、単なる内部管理の話ではなく、経営者自身の発信力と説得力を高める行為でもあるのです。
会計は未来への羅針盤になる
「会計は過去の記録だ」と言われることがありますが、それは半分しか正しくありません。適切に設計され、運用された会計情報は、過去の延長線上にある未来を読み解くための、羅針盤となり得ます。
たとえば、粗利率の推移を追うことで、商品・サービスの競争力の変化を捉えることができます。部門別損益やプロジェクト別収支を分析すれば、どこに集中すべきか、撤退すべきかの判断がより明確になります。キャッシュフロー計算書を見れば、利益と資金繰りの“ズレ”に気づき、事前の手立てを打つことができます。
このように、月次や四半期ごとに会計情報を確認し、仮説と照らし合わせて検証するサイクルを回していくことが、「筋の通った戦略」を生み出す土壌となります。
自社の数字だけでは見えない“問い”を育てる
ただし、ここにはひとつの“限界”があります。それは、自社の数字だけを見ていても、その数字が良いのか悪いのか、判断できないという点です。会計をいくら「自己認知ツール」として使っても、相対化の視点がなければ、その認知は閉じたものに終わってしまうのです。
例えば、販管費率が20%という数字があるとして、それが高いのか、低いのか。その判断は、同業他社や他の成功企業と比較することではじめて意味を持ちます。
「なぜあの企業は在庫回転率が高いのか」「自社と同規模の会社は、どういったコスト構造をしているのか」。そうした問いは、自分以外の数字に触れることでしか生まれません。
そして、その問いこそが経営を更新します。数字が問いを生み、問いが思考を深め、思考が行動を変える。会計を「内省」だけで終わらせず、他者と接続された“思考の起点”に変えていく。この視点が、会計を真に戦略的なツールへと昇華させるカギなのです。
会計は、経営者の「自画像」である。だからこそ更新し続ける
会計には、企業の姿だけでなく、経営者の思考や哲学が映し出されます。だからこそ、会計を整えることは、経営者自身がどのような会社をつくりたいのか、どんな未来を描いているのかを見つめ直す行為でもあります。
しかし、自己認知は常に限界を持ちます。だからこそ、他者との比較や相対化を通じて、認知を“更新”し続けることが、強い経営につながるのです。
公明正大な会計は、単に正しいことをするためのものではありません。経営の実像を直視し、行動を変えるための“構造的な問い”を生み出す装置です。そして、その問いが蓄積されていくことで、会社の体質は、少しずつ、しかし確実に変わっていきます。
会計から、経営を強くする。
そして、会計を通じて、自らの認知を広げていく。
そんな経営者が増えることを、私は心から願っています。
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