価格は、国の意思を映す鏡である―「5キロ2000円米」が照らす農政の転機と農業経営の未来

2025年春、全国のスーパーに「5キロ2000円」の政府備蓄米が並び、開店前から行列ができる光景が各地で見られました。コメ価格が急騰する中、小泉進次郎農林水産大臣が随意契約方式を採用し、政府備蓄米を小売価格で市場に供給するという異例の対応を取った結果です。

これは多くの消費者にとって救済的な施策でありましたが、同時に、ひとつの本質的な問いを突きつけます。――「なぜ、これまでこのようなことができなかったのか?」

この問いに正面から向き合うことで、日本の農政が抱える構造的問題、そして今後の農業経営の在り方が見えてきます。


なぜ「今までできなかった」のか?農政に潜む構造的課題

政府は長年、備蓄米制度を通じてコメの需給調整と価格安定を図ってきました。平時には買い入れ、余剰があれば放出する。この「ストック型政策」は一見合理的に見えますが、その運用には多くの利害関係者が関与しており、結果として“機能していない制度”と化していた側面があります。

たとえば、これまでの備蓄米の放出はオークション方式に限られ、精米業者や流通業者が高値で買い取ることで価格が維持されてきました。その背後には、「米価の安定=生産者保護」という旧来のロジックが色濃く残っており、消費者視点に立った制度設計には至っていませんでした。

また、放出後には政府が再び同価格で買い戻すという“価格下支え”の仕組みも存在し、価格高騰に拍車をかける結果となっていました。まさに“操作された価格”が農政の標準だったのです。


小泉農相の一手が意味するもの

今回の随意契約による備蓄米放出は、こうした構造に一石を投じたと言えます。通常なら複雑な官僚手続きや業界団体の抵抗で実現困難とされてきた直接小売価格での備蓄米供給が、政治判断によって実行されたという事実は、非常に大きな意味を持ちます。

小泉農相はこの措置について、「国民の台所を守るのが農政の責任だ」と明言しています。この発言の背後には、「価格維持を目的とした保護」ではなく、「価格安定を通じた生活支援と農業の持続可能性」という視座の転換があります。

官僚主導から政治主導へ、そして「農業保護」から「農業経営」への価値転換が、今回の出来事には色濃く表れているのです。


二度と米騒動を起こさないために:政策と経営の“構造改革”

では、今後このような米騒動が再発しないために、農業政策と農業経営はどうあるべきなのでしょうか。私は以下の3つの視点が不可欠だと考えています。

① 価格を“操作する”のではなく、“読める”市場を作る

まず必要なのは、価格の透明化と市場情報の即時共有です。今、日本の農業には「価格を読めない」構造が根強く残っています。農家は自らの収入を市場の価格ではなく、制度に依存して計算しがちです。

農林水産省や全農などが持つ需給予測・在庫データをオープンにし、気象や流通状況と連動させた“動的価格予測モデル”を構築することで、農家自身が「来期、どれだけ作ればいいか」を判断できる環境を整備すべきです。

② 農業経営に“事業者視点”を導入する

次に問われるのは、農業経営者自身の意識改革です。「農家」ではなく「経営者」としての発想を持つことが不可欠です。価格に依存しない経営、多様な販路開拓、加工・直販・ブランド化など、収益源を複線化する発想が求められます。

特に中小農業経営者にとっては、農協一本依存ではなく、農業版の“ローカルD2C(Direct to Consumer)”モデルの展開がカギを握ります。行政や金融機関は、このような挑戦を支えるファイナンス支援・事業再構築補助金制度の柔軟な運用が求められます。

③ 食料安全保障を「リアルな課題」として位置づける

最後に強調すべきは、食料政策の安全保障的観点です。今回の米価格高騰の背景には、2023年〜2024年にかけた天候不順や肥料価格の高騰など、グローバルな供給不安が影を落としています。

農地の維持、若手就農者の確保、スマート農業の推進など、単なる補助金政策ではなく、“持続可能な供給能力”を支える中長期戦略が必要です。食料自給率の数値目標も、単なるスローガンではなく、実効性のある数値として再定義されるべきです。


結語:米価は“社会のコンパス”である

米価が不自然に高騰すれば、家計に直接的な影響を与えます。米は日本人の食の基盤であり、その価格が社会に与える影響は、他の食料と比較しても決して小さくありません。

今回の「5キロ2000円米」は、農政の硬直性を打破し、国民本位の食料政策への可能性を示しました。これは一過性の対処で終わらせてはならない歴史的な転機です。

農政の「本質」は、単に農業者を支援することではありません。国民が安心して食べられる仕組みを整え、農業を持続可能な産業に変えていくこと。それが、令和の農政に求められる使命ではないでしょうか。

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