「SaaSの時代」の終わりではない。その再定義が始まった

SaaS企業の株価が冴えません。とりわけ、従来型の業務特化SaaSは、ここ1〜2年で市場からの評価を大きく落としています。背景にあるのは金利上昇だけではありません。より本質的な要因として、AIの急速な進化が挙げられます。

AIは単なる「機能追加」ではありません。ソフトウェアの存在意義そのものを問い直しています。

これまでSaaSは、「業務の標準化」を前提に成長してきました。会計、労務、営業管理、顧客管理。企業が行う業務は一定のパターンに収斂する。だからこそ共通化し、クラウドで提供すれば規模の経済が働く。これがSaaSモデルの根幹でした。

しかし、生成AIの登場によって状況は変わりつつあります。

近年広がりを見せる「バイブコーディング」は象徴的です。仕様を厳密に定義するのではなく、自然言語で対話しながら、欲しいアプリケーションを即興的に形にしていく。専門的なエンジニアでなくとも、業務担当者自身がツールを作る。これはもはや未来の話ではありません。

この変化が意味するのは、「ソフトウェアを買う時代」から「ソフトウェアを作る時代」への転換です。


目次

SaaSが直面している構造変化

SaaS企業の株価下落を単なる景気循環と捉えるのは危険です。市場はすでに、SaaSの競争優位の源泉が揺らいでいることを織り込み始めています。

従来、SaaSの強みは以下の3点でした。

  1. 初期投資不要
  2. 継続課金モデルによる安定収益
  3. データ蓄積によるスイッチングコスト

しかし、AIが高度化するとどうなるでしょうか。

第一に、ソフトウェア開発コストが劇的に下がります。
第二に、業務の標準化ではなく「個別最適化」が容易になります。
第三に、データ処理やUI構築の難易度が下がり、専門SaaSの差別化が縮小します。

つまり、SaaSの参入障壁が崩れ始めているのです。

これは価格競争の激化を意味します。さらに言えば、「ソフトウェアそのもの」の価値が希薄化していきます。価値の源泉は、コードではなく、業務設計やデータ構造、さらには意思決定アルゴリズムへと移行していきます。

市場はこの構造変化を敏感に感じ取り、バリュエーションを修正しているのではないでしょうか。


中小企業にとっての最大の示唆

では、この変化は中小企業経営にとって何を意味するのでしょうか。

私は、最大の示唆は「内製化の再定義」にあると考えます。

これまで中小企業は、「ITは外注するもの」「パッケージを導入するもの」という前提で動いてきました。しかし、AIによってその前提は崩れつつあります。

今後重要になるのは、「自社の業務を言語化できるかどうか」です。

AIは魔法ではありません。適切なアウトプットを得るためには、業務プロセスを構造化し、何を実現したいのかを明確に伝える必要があります。ここで問われるのはITスキルではなく、業務理解力です。

つまり、経営そのものの解像度が問われるのです。

業務を分解し、無駄を洗い出し、価値創出のポイントを特定する。この力があれば、AIは極めて強力なレバレッジになります。逆に言えば、業務がブラックボックス化している企業ほど、AIを活用できません。

テクノロジーの進化は、経営の本質を露わにします。


「買うか、作るか」から「設計できるか」へ

これからの論点は、「SaaSを使うか」「自社開発するか」ではありません。

本質的な問いは、「自社の業務を設計できるか」です。

AI時代の競争優位は、完成品のソフトウェアに依存しません。
むしろ、業務設計思想とデータ構造設計に依存します。

例えば、顧客データをどう定義するのか。
KPIをどの粒度で管理するのか。
意思決定プロセスをどこまで定式化するのか。

これらが曖昧なままでは、どれだけ優れたAIツールを導入しても成果は限定的です。

一方で、設計思想が明確であれば、必要なツールは後から作れます。
この順番が、これまでと逆転しつつあります。


ソフトウェアのコモディティ化と人間の役割

もう一つ重要なのは、ソフトウェアのコモディティ化です。

AIによってコード生成が容易になると、ソフトウェア自体の希少性は低下します。すると価値はどこに移るのでしょうか。

私は、「問いの質」と「データの質」に移ると考えます。

どの課題を設定するのか。
どの指標を重視するのか。
どのデータを蓄積するのか。

これらは経営者の意思決定に直結します。AIは実行を加速しますが、方向性を決めるのは人間です。

つまり、テクノロジーが進化するほど、経営者の思考力が試されるのです。


中小企業が今から備えるべきこと

では、具体的に何をすべきでしょうか。

第一に、業務プロセスの棚卸しです。
ブラックボックス化した業務を構造化すること。

第二に、データの整備です。
AI活用の前提は、整理されたデータ基盤です。

第三に、小さく試す文化を持つこと。
完璧を目指さず、試作を繰り返す。

AIは大企業だけの武器ではありません。むしろ意思決定が速い中小企業こそ、優位に立てる可能性があります。

重要なのは、恐れることではなく、構造を理解することです。


結論:SaaSの終焉ではなく、再定義

SaaS企業の株価下落は、終わりの始まりではありません。
それは再定義の始まりです。

ソフトウェアの価値は「機能」から「設計思想」へ。
競争優位は「所有」から「構造理解」へ。

近い将来、ソフトウェアは確実に「自分で作るもの」になります。
しかし、そのとき問われるのは、コードを書く力ではありません。

自社の業務を深く理解し、構造化し、言語化する力です。

テクノロジーの進化は止まりません。
だからこそ、経営者は本質に立ち返る必要があります。

AI時代における最大の資産は、ソフトウェアではありません。
「自社をどこまで理解しているか」という知的資本なのです。

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