「社内副業」という選択肢をどう捉えるか― 中小企業のための“人的資本経営”の現実解

先日の日経ビジネスに「社内副業」に関する記事が掲載されていました。人材の多様な能力を引き出し、組織内での越境や学び直しを促す施策として、大企業を中心に導入が進んでいるとのこと。人的資本経営の一環としても、非常に理にかなった取り組みだと感じます。

しかし、中小企業の経営に携わる立場から見ると、この手の話題はいつもある種の“違和感”とともに受け止めています。

というのも、こうした施策は常に理想論としてテーブルに上がる一方で、「絵に描いた餅」になってしまうことがあまりに多いのです。特に、慢性的な人材不足に悩む中小企業ではなおさらです。

では、なぜそれがうまくいかないのか?
その理由と、越えるべき難所、そして現実的な処方箋について考えてみたいと思います。


■中小企業の「構造的ジレンマ」

中小企業では「人が少ない」という前提のもと、1人に複数の役割を担ってもらうことが一般的です。ある意味、マルチタスクは日常です。しかし実際には、「マルチタスク化が進んでいる」というよりは、「限られた人数でなんとか業務を回している」に過ぎません。

この状態で、社内副業や越境的な働き方を推進することは、“できる人にさらに負荷がかかる”という事態を招きがちです。
業務の属人化や、役割のブラックボックス化が進んでいる企業ではなおさらです。

ここでの最大の難所は、「人が足りないから動かしたい」のに、「動かすための余白も仕組みもない」という機動力の欠如です。


■難所を越えるために必要なこと

このジレンマを越えるには、“マルチタスクを可能にする仕組み”を先に作る必要があります。理想的な制度やツールの導入以前に、自社の現実を直視し、できる範囲で動かす工夫が欠かせません。

以下に、私が考える具体的な処方箋を3つ挙げます。


① スキルと業務の「見える化」から始める

まず着手すべきは、業務とスキルの棚卸しです。
誰がどんな業務を担っていて、それにどんなスキルが必要なのか。これは、簡単なようでいて実はほとんどの中小企業で十分に行われていません。

Excelベースでも構いません。業務を項目に分け、それに対応するスキルや工数、属人化度合いを明らかにすることで、初めて“移動可能な業務”“越境しやすいスキル”が見えてきます。


② 「社内プロジェクト制」で小さく越境させる

「社内副業」といっても、いきなり部署をまたいで異なる仕事を週10時間…というのは無理があります。
まずはプロジェクトベースの越境経験を作ることが現実的です。

例えば、「社内報のリニューアル」「業務マニュアルの整備」「展示会の準備」など、特定のテーマに対して、別部署のメンバーを一時的にアサインする形です。

この方法なら、通常業務に大きな支障を出さずに、“他部門の視点を持つ”という越境体験を得ることができます。結果的に、柔軟な人材配置の土壌づくりにもつながります。


③ 「マルチタスク」より「パラレルロール」の発想を持つ

“マルチタスク”という言葉には、「同時にたくさんの仕事をこなす」ニュアンスがありますが、現実には非効率になりがちです。むしろ大事なのは、「複数の役割を時間差で担う」という「パラレルロール」の考え方です。

役職や部署に縛られず、「この時期はAの仕事、来月からはBの仕事」というローテーション的な設計ができると、社員にも負荷がかかりにくく、柔軟性も生まれます。

また、個々の“得意”や“余力”を活かす設計ができれば、本人の満足度も上がり、人的資本の価値を引き出すことができます。


■人的資本経営の本質とは、「制度導入」ではなく「意図設計」

社内副業やマルチタスクといった取り組みは、聞こえの良い制度に映ります。しかし、中小企業経営者にとって重要なのは、「制度の導入」よりも「なぜこれをやるのか」という意図の設計です。

  • 自社のどの課題に、どのように効くのか?
  • 誰の、どんな可能性を引き出したいのか?
  • そのために、まず何を見える化すべきか?

こうした問いを持ち続けることが、人的資本経営の第一歩であり、現場に根差した“現実解”を作る経営者の役割だと思っています。

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