「デザインは経営である」を中小企業に引き寄せる

先日、日経ビジネスで「デザインは経営である」という特集を目にしました。率直に言って、私にとって“デザイン”は縁遠いものでしたし、どこか右脳的な、感性の世界の話という先入観すらありました。日々、財務や会計といった定量・論理の世界に身を置いていると、どうしても「デザイン=見た目」「センスの良し悪し」といったイメージで捉えてしまいがちです。

しかし、特集を読み進めるうちに、これは単に「かっこいいロゴを作る」「おしゃれなパッケージにする」といった話ではないことが見えてきました。むしろ、企業の存在意義や顧客体験に正面から向き合い、それを一貫した形で社会に伝えていく「経営そのもの」の話だったのです。

今回は、デザイン経営とは何か? そして中小企業経営にどう活かせるか? さらに「デザインを社内の共通言語として活用する」という視点から、このテーマを少し掘り下げてみたいと思います。


■「デザイン=装飾」という誤解

まず最初に触れておきたいのは、「デザイン=装飾・見た目を良くすること」という誤解です。私自身もそうでしたが、多くの中小企業経営者にとって、デザインとは「商品のパッケージ」「Webサイトの見た目」「チラシの色使い」といった表層的な要素を指していることが多いように思います。

しかし本来、デザインとは“意図を持って全体を設計すること”です。意匠や造形だけでなく、サービスの体験設計、ブランドの伝え方、組織文化の形成まで含まれる、非常に広い概念なのです。

有名な例では、アップル社があります。彼らが製品だけでなく、店舗・広告・パッケージ・カスタマーサポートに至るまで「一貫した世界観」を持っているのは、単にデザイナーの感性が優れているからではありません。全社的に、どんな顧客体験を提供するのか?という「設計思想」があり、経営の中枢にそれが根付いているからこそ、ブレのない価値提供が可能になるのです。


■デザイン経営とは何か?

経済産業省と特許庁が2018年に発表した『「デザイン経営」宣言』では、デザイン経営を次のように定義しています。

「デザインを企業の重要な経営資源として活用し、ブランド力とイノベーション力を向上させる経営手法」

つまり、顧客視点で価値を設計し、それを組織的に表現・提供する能力を経営の中心に据えるということです。

ここで重要なのは、「デザイン部門に任せる」のではなく、「経営層自身がデザイン思考を持つ」こと。特に中小企業では、トップの視座がそのまま企業文化やサービスの質に直結します。社長が「見た目の話でしょ」と片付けてしまえば、それ以上広がりようがありません。


■中小企業こそ、デザイン経営が武器になる

ここまで読んで、「それは大企業の話では?」と感じる方もいるかもしれません。確かに、社内にデザイナーが複数在籍し、ブランディング専門部署を持てるのは一部の企業に限られます。しかし、本質的な“デザイン経営”の取り組みは、むしろ中小企業にこそフィットする面も多いのです。

中小企業の強みは何でしょうか? それは「意思決定の速さ」と「経営者の理念がダイレクトに顧客体験に反映されること」です。トップが「こうありたい」と思えば、すぐにそれを商品やサービスに反映できるスピード感があります。

例えば、

  • 自社のロゴに込めた想いを、営業や採用活動の中できちんと語れるか。
  • ホームページやパンフレットのトーンが、実際のサービスと一致しているか。
  • 顧客接点における「ちょっとした違和感」を、組織で継続的に改善できているか。

こうした点を一つずつ丁寧に見直し、「顧客にどう見られたいか」「どんな価値体験を提供したいか」を軸に据えること。それ自体がデザイン経営の第一歩なのです。


■“共通言語としてのデザイン”が組織を変える

ここでさらに注目したいのが、「デザインを社内の共通言語として活用する」という視点です。

多くの中小企業では、部門ごとに顧客対応や表現のトーンがバラバラだったり、現場での判断基準が属人的になったりしてしまう傾向があります。その背景には、「何を良しとするか」「どんな体験を届けたいか」といった価値観が言語化・共有されていないという課題があります。

デザインには、それを可視化・構造化し、“価値観の翻訳装置”として機能する力があります。

例えば、ブランドガイドラインやトーン&マナー集を整備することは、単にルールを押し付けるものではなく、「私たちの会社はこうありたい」「この判断軸で意思決定しよう」という共通言語をつくる行為でもあります。

この共通言語があることで、営業・開発・バックオフィスといった機能の違う部門でも、同じ価値基準で顧客と向き合えるようになります。結果的に、サービスの品質が安定し、顧客体験にブレがなくなるのです。


■経営に活かすための3つの視点+1

では実際に、どうやって中小企業経営にデザイン経営を取り入れていくべきか。私は、以下の3つ+1の視点が出発点になると考えています。

①顧客体験を俯瞰して設計する

自社のサービスが「誰に」「どんな価値を」「どのように届けているか」を、改めて整理してみる。顧客の導線や感情の動きを想像しながら、ボトルネックや齟齬が起きていないかを確認する。

②ブランドを“言語化”し、整える

自社が大切にしている価値観や、独自性を言語化し、それをWeb・営業資料・名刺・SNSなどに一貫して反映させる。経営理念の更新・再整理も視野に。

③社内の“美意識”を育てる

すぐに外部のデザイナーに依頼できなくても、社内で「なぜこれが良い/悪いと思うのか」を言葉にして対話することが大切。採用・評価にも反映できれば、組織の美意識は自然と育つ。

+1:価値観を共通言語として“デザイン”する

理念やブランドの抽象的な言葉を、ビジュアル・トーン・行動指針として落とし込み、組織内に浸透させる。議論や判断の際の基準となる「意味の地図」を共有することが、持続可能な経営品質を生む。


■最後に:デザインは、組織の軸をつくる

改めて強調したいのは、デザインは感性ではなく「考える技術」であり、組織の“軸”を形にする営みだということです。顧客にどんな体験を届けたいか、そのためにどんな構造や伝え方が適切か――こうした思考の積み重ねが、企業の魅力や競争力を底上げします。

中小企業にとって、限られたリソースで最大の価値を届けるには、「何をやるか」と同じくらい「どう見せ、どう伝えるか」が重要です。そしてそれを、全社員が共有できる言語で設計・実装していく。その営みこそが、経営における“デザイン”の力なのだと、今は強く感じています。

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