価格は「声なき言葉」——二重価格が示す企業の姿

価格戦略という言葉を聞くと、多くの方は「需要と供給のバランス」や「収益最大化のための最適解」を思い浮かべるのではないでしょうか。経済学の教科書には、需要曲線と供給曲線の交点で均衡価格が決まる、と書かれています。経営の現場でも「コストに一定の利益率を上乗せする」「競合よりも少し安く設定する」といった合理的な値付けの枠組みがよく使われます。

もちろん、こうした数理的・合理的な視点は価格戦略の土台です。しかし、実際の企業活動において価格は単なる数字以上の意味を帯びます。なぜなら、価格は「顧客や社会に向けて企業が発する声なき言葉」だからです。私たちは商品の値札や料金表を見るとき、数字そのものだけでなく「この会社はどういうスタンスで私に向き合っているのか」というメッセージを同時に受け取っているのです。

沖縄で開業した大型テーマパーク「ジャングリア沖縄」では、観光客と県民とで入園料を変える二重価格を採用しています。観光客には正規料金を課し、地元住民には割引料金を設定する仕組みです。表面的には「観光客からより多く収益を確保し、地元には負担を軽くする」という合理的戦略に見えます。しかし、この二重価格を単なる収益最適化の手段と片付けてしまうと、本質を見誤ります。そこには経済合理性を超えた「企業の姿勢」が透けて見えるのです。

まず、地域住民に対する割引は「地元と共に歩む」という明確なメッセージです。観光資源の開発は、地域の人々にとって生活環境の変化や混雑といった負担を伴います。そのなかで「地元の皆さんには特別な配慮をします」と伝える価格設定は、摩擦を和らげ、共生の基盤を築く行為です。経済合理性の観点から見れば、地元住民の割引は収益を減らす要因かもしれません。しかし、長期的な信頼関係や支持を得るための「無形の投資」と捉えると、その意義が理解できます。

一方で観光客に対しては「この体験には相応の価値がある」という強いメッセージを放っています。同じ施設であっても、外部から来る観光客には「特別な体験」として高い対価を求める。これは単なる搾取ではなく「この地域ならではの文化や自然を体験できる場所なのだから、価格に見合う価値があります」という自信の表明です。観光客はその価格差を見たときに、「なるほど、地元の人には身近な存在、私たちには特別な価値」と自然に理解し、価格の背景にあるストーリーを受け取るのです。

ここで重要なのは、数字的合理性とメッセージ性がしばしば逆方向を向く という事実です。短期的に収益だけを追求するなら、地元住民に割引を提供する理由はありません。むしろ、すべての顧客から均一料金を徴収した方が売上は増えるはずです。しかし、地域との関係性を重視し、長期的に受け入れられる存在を目指すなら、あえて「非合理的」に見える価格政策を採る必要が出てきます。この「合理性を超える非合理」にこそ、企業の哲学や価値観が表れるのです。

中小企業の経営においても、価格はしばしば同じ二面性を持ちます。例えば、常連客に対する割引は利益を減らす要因ですが、「日頃から支えてくれる顧客を大切にしたい」という姿勢を示す強いメッセージになります。あるいは、地域の子供向けに通常より安い価格を設定することは、短期的には赤字でも「地域貢献の意志」を言葉以上に雄弁に伝えます。逆に、あえて高い価格を掲げることで「安さではなく品質で勝負する」という信念を表明するケースもあります。

大切なのは「その価格が、どんな物語を語っているか」という視点です。価格表や見積書の数字は、外から見れば冷たい数値に見えます。しかしその裏には、顧客や地域、社員や株主といったステークホルダーに対して、経営者が何を大切にし、どのように関係を築こうとしているのかという物語が刻まれています。

この観点を持つと、価格戦略は単なる収益管理のツールではなく、経営そのものを映し出す鏡に変わります。経営者にとって重要なのは「価格を上げるべきか、下げるべきか」という表層的な議論ではなく、「この価格設定を通じて、我々は何を伝えたいのか」を明確にすることです。価格は時に広告や広報以上に雄弁であり、黙っていても企業の哲学を周囲に伝えてしまう存在なのです。

ジャングリア沖縄の二重価格は、その象徴的な事例といえるでしょう。合理的な収益戦略と、社会との共生を目指すメッセージが交錯する中で、経営者の価値観がにじみ出ています。中小企業にとっても、価格は単なる数字ではなく「声なき言葉」として常に顧客や地域に届いています。その言葉を意識的に選び取り、戦略的に響かせることこそが、価格戦略を超えた「経営戦略」になるのではないでしょうか。

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