中計は本当にいらないのか?──中小企業経営の視点から

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先日の日経新聞で、大手企業を中心に中期経営計画(中計)の策定や公表を取りやめる動きが広がっているという報道がありました。味の素や三井化学といった名だたる企業が、いわゆる「中計病」からの脱却を掲げ、より柔軟な経営スタイルへと舵を切っています。では、この潮流を中小企業はどう受け止めるべきなのでしょうか。

中計廃止の背景──VUCA時代の経営合理性

まず、中計不要論が広がっている背景には、現代の経営環境の不確実性があります。政治、経済、技術、社会情勢の変動が激しく、3〜5年先を見通した精緻な計画は、策定したそばから現実との乖離が生じやすい状況です。これが、形式だけが先行し、現場に疲弊をもたらす「中計病」を招いています。

また、従来の中計は投資家とのコミュニケーション手段として機能していました。しかし現在は、非財務情報──人的資本、サステナビリティ、組織文化など──が重視されるようになり、計画そのものよりも経営の方向性や価値創造のストーリーが問われるようになってきています。

中計の本質的な役割とは?

とはいえ、中計が担っていた役割は、単なる数値目標の提示にとどまりません。本来は、会社がどこに向かい、何を重視し、どのような手段で価値を生み出すのかを、社内外に示す羅針盤であったはずです。特に中小企業においては、従業員に経営者のビジョンを伝え、共通の方向感を持つためのツールとして、中計は一定の有効性を持っています。

また、金融機関や支援機関と対話する際の信頼材料としても、中長期の計画が求められる場面は少なくありません。したがって、単純に「中計はいらない」と判断するのは、やや性急に過ぎると言えるのではないでしょうか。

中小企業に求められるのは“設計と運用の再構築”

大企業が中計をやめるのは、それに代わるビジョン経営や多層的なKPI運用ができる体制があるからです。一方で中小企業は、計画を放棄する前に、その目的と運用の方法を問い直す必要があります。

中計を実効性あるものにするためには、「仕掛けとしての設計」が重要です。すなわち、策定段階から実行と連動する仕組みを埋め込むことで、「絵に描いた餅」を防ぐのです。以下の3つの実践的アプローチは、そのための出発点になります。

1. 「未来像」から逆算するビジョンドリブン設計

10年後にどうありたいか、そのために5年後どうなっていたいか、というバックキャスティング思考で目標を描きます。たとえば「社員が誇れる会社にする」という抽象的なビジョンも、「5年で従業員満足度80%」「健康経営優良法人の認定取得」といった中期KPIに分解可能です。

2. KPIと行動計画のひも付け

売上や利益だけでなく、「顧客リピート率」「新規問い合わせ件数」「教育時間数」といった実務に直結するKPIを中期の柱に据えます。KPIごとに、毎年どんな行動や取り組みをすれば達成に近づくのかをリスト化し、年度ごとの重点施策へとブレイクダウンします。

3. 運用と見直しの仕組み化

年1回の策定ではなく、半年ごとの見直し・更新を前提とした「生きた中計」を運用します。Excelベースの軽量な管理表や、月1回の振り返りミーティングを通じて、経営陣と現場の目線を合わせ続ける体制が有効です。

AI活用による中計の進化──実行と可視化のレベルを引き上げる

近年注目されているのが、AIを活用した中計の高度化です。特に中小企業にとって、限られた人員でも計画を「動かす仕組み」として活用するために、AIの導入は有効な選択肢となります。

たとえば以下のような活用例が考えられます:

  • KPI進捗の可視化とアラート:毎月の営業・経理データをもとにAIがKPI達成状況を自動モニタリングし、進捗が遅れている項目にはアラートを出す。これにより経営者やマネージャーは迅速に打ち手を検討できます。
  • 定性情報の定量化:従業員満足度や顧客評価などのアンケート結果を自然言語処理で解析し、傾向スコアとして可視化。これをKPIの一部として運用することで、現場の変化を早期に捉えることができます。
  • PDCAの自動サイクル支援:毎月のKPI実績を踏まえ、AIが次月のアクション提案や重点領域を提示。経営会議での意思決定を下支えするインサイトとして機能します。

これらのツールを中計の運用設計段階で前提として組み込んでおくことで、計画は“絵に描いた餅”から“実行が前提となる道具”へと姿を変えます。

中計を“使える道具”として組み立て直す

中計不要論の根底には、「形式化した計画」に対する反発があります。しかし中小企業にとっては、方向性を共有し、社内外の信頼を得るための仕組みとして、中計を“使える道具”として作り直すことが重要ではないでしょうか。大切なのは、経営の本質に立ち返り、実行可能性を高めるための具体的な仕掛けをどう埋め込むかという視点です。

中計は、不要なのではなく、“目的を見失った計画”が不要なのです。この時代の流れの中でこそ、改めてその本質を問い直し、自社らしい形で「経営を前に進める道具」として中計を活用していくことが、中小企業の持続的成長につながるのではないかと考えています。

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